04/16/2008

『ねばならず』足立尚彦

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足立尚彦第三歌集。
2008年4月26日喜怒哀楽書房刊。1,000円。

関連サイト
著者 http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/9392/

題詠マラソンを初出としたものも多く、印象深い歌が並んでいた。一度はWEB上で公開された歌集であり初見ではないがやはり一冊のかたちになった方が読んで胸に落ちるものがあった。かねがね言葉の巧みな人だと思っていたが、ちりばめられた言葉遊びやアフォリズム風に描き出される世界観は読むほどにさみしく、単なる技巧としてではなく虚無や孤独との闘いの様相をもって迫ってくる。適度な湿り気を帯びた文体に生じるいい意味での甘さが詩情をくゆらせているように思われた。下に引いた二首目の石鹸の歌などに、突如叫びながらすべてを放り出してしまいたくなる寸前のぎりぎり感のような凄みを感じる。

くるこないくるこな雪の舞う夜は待たず待たれず酔う寒いから
石鹸が使われ小さくなるときはいつもあかりに照らされている
小京都の小のほどよき健気さを保ち続けているのもだるい
台風の進路が徐徐に西にずれ東に安堵する人だらけ
窓よりもぜったい広いはずなのに秋空の青 くくられたあお
傷のない卵をふいに割るようにおまえを抱けばこんなに今日だ

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02/01/2005

『秘密基地』舟橋剛二



舟橋剛二第一歌集。
2005年02月北溟社刊。1,600円。

オーソドックスな文体とシンプルな切り取り方で良質の抒情を織りなしており、作者の思いが伝わりやすく安心して読めた。作中主体像は連作ごとに多彩だが、その価値観はいずれも最大公約数的で屈折がなく、そのことがいい意味での普遍性を獲得している。一方でわかりやすさを選べば削ぎ落とされてゆくものもあって、そこに物足りなさが生じる嫌いも。一首の内部で辻褄があっていることにより読者が楽に想像できる域を超えてはゆかないだろうと思われる歌も多く、世界観においても表現においてもやや類型的な傾向が目についた。こういう文体で普遍的なモチーフを扱う場合、修辞の強度はいっそう求められるだろう。集中にたまに配置されているかんたん短歌風の歌は効果的に思えた。また自由詩と短歌を組み合わせた「浅い夢」という一連、試みは面白いのだが補完が過剰な印象を受ける。自由詩の響きが短歌より強く感じられるのはマイナス要素であろう。いいと思える歌も多いので、詩型の落差が感じられるとよかったように思う。

こんなにも静かな海を流されて難破船とは気づかれぬまま
ひとがみな眠る列車のゆくさきに大きな海があった気がする
父の胃ががんに埋め尽くされしのちわが心にも死が転移せり
かなしみの中心に手の触れしとき炎は風にあおられて爆(は)ず
降る雪につつまれながら夜も更けてきみのやさしい一画の「ゆ」
群れて飛ぶ蝶が胸からまたあふれ何度も僕を殺すのは誰

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『かなしーおもちゃ 〜あるある短歌1〜』枡野浩一



枡野浩一著。
2005年02月インフォバーン刊。1,260円。

関連サイト
著者 http://masuno.de/kinkyou/
かんたん短歌blog http://masuno-tanka.cocolog-nifty.com/

金色のカバーにもカバーをはずしたところにも作り手の神経が行き届いていて、一冊のどこをとっても隙のない仕上がりになっている本。内容は@niftyの「かんたん短歌blog」で募集した題詠のアンソロジーなのだが、右頁に一首、左頁にはそれに対するツッコミが掲載された構成である。短歌作品はあくまでシンプルに見せつつデザイン性豊かなツッコミが作品の解釈をフォローしてゆく仕掛けになっていて、このツッコミのつき具合が絶妙。あるいは詞書と呼んでもいいのかもしれない。収録されている作品はここ数年の批評の場において「つぶやきに過ぎない」と批判されてきたような作風のものばかりだが、ここではっきりしておきたいのは、これらは題詠の場に出された詠草であり、枡野浩一に選ばれることを目指しつつ書かれた作品群だということである。本そのものを含め、ここには読者を視野に入れた作り手の意識が結集している。従来の短歌の世界に欠落していたりタブー視されがちだったりしていた要素の是非について、あらためて考える機会を与えられたような気がする。

もういない妻とのチャンネル争いを思い出さずに観る巨人戦(佐々木あらら)
庭先でゆっくり死んでゆくシロがちょっと笑った夏休みです(佐々木あらら)
魚肉から膜が剥がれる感触でその日笑いが止まらなかった(柴田有理)
最後には縮んでいって終わるのに悲しむために伸びるんですか?(かみやひろし)
一人きりだからといって僕の骨そんなにかきまぜないでください(辻一郎)
午前5時恋と一緒に葬って わたしたちもう生まれたくない(英田柚有子)

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01/05/2005

『箱船』佐藤理江

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佐藤理江第二歌集。
2005年5月ながらみ書房刊。1,905円。

関連サイト
著者 http://www1.u-netsurf.ne.jp/%7Eokiraku/

決して器用とは言えない文体で、理不尽なものや自分を浸食するものへの怒りを訴えかけてくる。その等身大の叫びは歌としては時に生っぽく、作中主体の行為に主題を暗示させる手法をとった中にもベタすぎる印象のものが見受けられたが、技巧的なことは別として、いまの時代にひとつの価値観を提示し社会詠の可能性を確かめようとする姿勢は評価したい。ただ定点は定まっているように見えるものの、イラク戦争や日の丸・君が代問題を詠った一連に関しては、その問題の自己への引き寄せ方が足りないように思えた。むしろ他の章で斬新な切口の歌に出逢うと、作者にとってモチベーションとなりうるものはもうすこし別の深いところにあるのではないか、それは倫理観とか平和祈念といったものよりもさらに切実に、肉体や本能に近い部分にずっと前から萌しているのではないか、と感じる。たとえば以下に引いた歌に立ちこめる美しきものへの嫉妬と憎悪、美しくないものへの蔑如と嫌悪といったものたちは、表現としても張りつめていて、それ自体が美しく見えるのである。

歌といふ呪詛の言葉が片づかぬうちに子どもが食卓に着く
ざつくりとしかし白くて滑らかな匙の断面チーズケーキの
曲線のつやめく椅子の妬ましく目立たぬ角に立てられし爪
型落ちのリュック背に負ふ集団が夜行列車をさやさやと待つ
憎しみの兆す夕暮れ子を持たぬ者増えゆきて世を運びゆく
席を立つ人の多くは配られしペットボトルを上からつかむ

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12/12/2004

『冷えゆく耳』後藤由紀恵

Hieyukumimi

後藤由紀恵第一歌集。
2004年12月ながらみ書房刊。2,600円。

どの章においても歌と歌とが有機的につながっており散文的背景も見えやすく主題に迫る道筋が十分に示されている。大きな要素を成すのは祖母、母、女友達らとの関わりのなかで見るジェンダーの問題のようで、とくに繰り返し登場する「母となる友」というモチーフに対しては歪みを歪ませたまま無理に解釈しないかたちでおくところに好感が持てた。タイトルにもある「耳」という性的役割を担わない器官で世界とつながっている体感は同種の問題を抱える読者にとっては切実でリアルなものだろう。痴呆の祖母へのジレンマ、老いや死についての感慨もすべてジェンダーの問題に収斂されてゆく。392首はやや多いかと思われるボリュームなので、軽く表層をなぞる程度に終わった戦争や国家についての連作は一冊から外してもよかったように思う。普遍性がありかつ重い主題だが、やや類型的な思考回路に落ち着いた歌があったり早い段階で結論づけた物足りなさを感じる歌もあった。そのなかで独自性の感じられる以下の歌に惹かれた。

海を産んだような顔をして祖母は眠る 春の真昼を晩年として
だんだんと眉のカーブのあわくなり妻となる日をわれに語りぬ
子は母のための桃の実ねむるたび死に近づきて熟してゆけり
甲虫のようにはゆかぬ生なればやさしき色のコート購う
欲しがらぬ子供だったとわれを語る母の吐きだすうすばかげろう
階段をななめにくだるゆうぐれの光しずかにわれをひきよす

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08/20/2004

『無言歌』河野美砂子



河野美砂子第一歌集。
2004年6月砂子屋書房刊。3,150円。

関連サイト
著者 http://music.geocities.jp/misakn95/tanka.html

作者はピアノ奏者。ピアノの鍵盤に指をのせてゆくときのような繊細さで世界に向かっている。季節や時刻の空気のうつりかわりを見るときが特に美しい。肉体が世界に出逢った瞬間の結露のような歌、いまにも彼岸に滑り出しそうで踏みとどまっている感じの歌に惹かれた。

こめかみを落としさうになる夕刻の透きとほるまで胡瓜を揉めり
棺(ひつぎ)から木の匂ひせりなきがらに満たされてこの明るむ器
ゆくりなく鳴らす楽器に指先のわがさぐりあつ死者のその音
雪のふる冥(くら)さとちがふ 倍音を聞きとるときの眼とおもへり
胸もとの白をあふるる冬鳥の添ふとき水がわたしを砕く
遠浅をなす睡りにて難破船しづかに波を引きよせてゐつ

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08/15/2004

『アンダーグラウンド』菊池裕

菊池裕第一歌集。
2004年8月ながらみ書房刊。2,381円。

現代社会を神的視点から俯瞰し異化しながらその不安定さや危うさを描き出している。崩壊の予兆へ向けられたかすかな破壊の欲望と踏みとどまる理性とのはざまで揺れ動く様はつややかに黒く美しい。

防犯用監視カメラの結露にもあなたが映り滴り落ちぬ
車中では俯きながら親指をぴくぴくさせて交信をせり
子をなさぬつがいの棲まう新築のマンション林立する中空に
静寂の沁み有耶無耶にけだるくてメトロの車中にうつる眼球
荒涼と聳ゆるビルの断崖にあなたが咲いて死を孕みおり
絵空事はかなけれどもまだ醒めぬきみの頭蓋を二の腕にのす

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07/15/2004

『空を映して』江村 彩



江村 彩第一歌集。
2004年7月本阿弥書店刊。2,300円。

すこやかな感性で日常にそって編まれた歌集。細かく章に分けられ情景もしっかりと描かれているのでテーマやモチーフはとてもわかりやすいのだが、むしろそのためにテーマへ迫る深度はやや物足りなくなってしまったかもしれない。つまりいい歌は多いのに「これだ」という強い歌が残りにくかった。フランスでの生活を詠んだ歌などはスケッチブックやポストカードを眺めるような楽しさがあった。

絵姿のマンションどれも青空の下にあかるい内部を晒す
おんならの素足の自由からからとペットボトルを蹴っ飛ばし、ゆく
パラシュートにてゆっくりと一対の義足は雪のしずけさで降る
少女らは群れなして来るてのひらを天に向かってかるくくぼめて
手さぐりで掴んでいたのは向日葵のまっすぐな茎 あなたでなくて
真昼間のかんなの群にふり返るこの夏は立ち止まってばかり

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06/04/2004

『すばらしい日々』本田瑞穂

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本田瑞穂第一歌集。
2004年6月4日邑書林刊。1,905円。

関連サイト
著者 http://singasong.sunnyday.jp/

やさしい指のあとが見えるような歌の数々は実に丁寧に詠まれた印象を与える。果てしない暗闇からひかりのほうへ歩もうとするきもちと、失われてしまったものやこれから失われてゆくだろうものへの祈りに支えられているので、たくさんついた附箋のなかから歌をしぼりこんでゆくと、たましいの上澄みのようなものが残る。歌集タイトルとなった「すばらしい日々を半音ずつ上がり下がりしながらやがて忘れる」は、そのわずかな抑揚でうねるしらべの美しさとすべてが無音にかえってゆくような結句が見事だ。

晴れの日も自分の好きな色ひとつうしなっているこのごろの母
鳩の足赤いまばらな人影のなかをひたひたひたひたあかい
なつなつと両手をかざすこの夏はただそれだけでありますように
ゆっくりと歩いた春の一日のこと持ちかえた左手に湧く
ひんやりと朝の空気に踏み出してこの晴天のなかのさよなら
すばらしい日々を半音ずつ上がり下がりしながらやがて忘れる
ぬけおちたまんなか抱えながら聴くあなたの生でやさしい声を

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04/15/2004

『晴れのち神様』田丸まひる

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田丸まひる第一歌集。
2004年4月15日BookPark刊。1,050円。

関連サイト
著者 http://replicaprince.easter.ne.jp/

刊行当時二十一歳の作者の、およそ等身大と思われる作中主体の会話体が並ぶ。章に分かれてもいず背景も明らかにされていないが、持ち前の感性を全開にしたかのような手応えが読者にリアリティを運ぶのかと思われる。ひとつひとつの言葉に勢いがあるのだが決して勢いだけでなくやや無意識のうちにもしっかりと選ばれてそこにある感じとか、ひりひりと痛い感じとか、すべてが気持ちよく自己愛に収斂されてゆく感じとかいったものなどからひとりの少女像が顕ち上がってきて、その少女が一冊のなかで恋をしたり泣いたり時には無気力になったりと元気に跳ね回るのである。「痛いほど愛してくれてありがとうありがとうだけ持って逃げるね」と、ありがとうと言いつつも奪おうとする(あるいは与えようとしない)ことの多かった少女時代の最後に置かれた歌が「ちゃんと笑えなくてごめんねこんな変な顔しかできないけどありがとう」。こうして一冊が締めくくられたとき、一冊の主人公である少女の脱ぎ捨てたきらきらとしたものがそこらじゅうに散らばってゆくように感じられるのである。

駅までのラストスパート三分で殺し文句をくれなきゃ帰る
二人だとよけい寂しい「この花火、落ちたら帰る!」寂しいんです
夕暮れにカルピスソーダの匂いしていつだって二人だよという嘘
君がくれる挫折はいつも六月の運動場の砂の味がする
いつもなら優しい君がずるくなる 私そんなに意地悪ですか
あの人のがらんどうに首突っ込んで舐めたらきっと苦いんだろう

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