03/22/2009

『紙ピアノ』伊津野重美

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伊津野重美第一歌集。
2005年12月20日風媒社刊。2,200円+税。

関連サイト
著者 http://pigeonblood7.blog55.fc2.com/

全編を通して、これらの歌は、病の苦しみや心に受けた傷の痛みと真っ向から向きあい、生きるためにそれらを消化し浄化してゆく手段として詠まれたものであろうということが推察される。どの歌も重く、ときに文体が支えきれないほどの激しさを込められた歌も見受けられるが、支えきったものは見事に張り詰めた一首となっている。自己を追い詰めることのできる者だけが持つ、ぎりぎりまで手放さない強さが結晶した作品が美しい。作者は朗読で広くその名を知られるようになったが、その朗読を支えるのは彼女自身の生きることに対する希求の強さや抱える闇の深さ、またテキストの深いレベルでの読解を可能にする表現への丁寧な執着などであることを、この一冊から伺い知ることができる。表紙のほかにグラビアとしても収録されている写真家・岡田敦氏による写真とも響きあった、美しい歌集である。

手のひらに記憶してゆくしんしんと眠れる人の頭蓋のかたち
生きかわり死にかわりしたこの時にもっともやわき耳翼をひらく
ユモレスク高らかに弾く 草上の遂げ得ぬ思いに紙ピアノ鳴れ
見上げたらあなたは遙かな楡でした 私は長いお別れを言う
ひとしきり父への怨み吐き終えて母は私の母に戻りぬ
届かないかたちをここで見ています 空仰ぎ落つ水のきらめき

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08/18/2008

『ふたり』関口ひろみ

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関口ひろみ第二歌集。
2008年8月1日青磁社刊。2,700円。

繊細な感性をもって日々を生きる女性の夫ないしは世界との関わり、その接点をはじまりとした闘病生活が描かれている。日常の描写からは作中主体の痛みが伺い知れ、かつて類似の経験を持つ身としては読んでいて胸が痛んだ。やさしい韻律にうたわれたなか、描写された以上のなにかを感じさせる歌に作者の魅力がひらかれているように思える。モチーフとしての繊細さよりも方法としての繊細さこそが主題に寄り添っているということだろう。

踏み込まぬをいたはりとしてきみはあり白きほうせんくわわれはふふむを
真昼間はわがつく息の音聞こえ部屋いつぱいにわれはふくらむ
カリフラワー頭のやうなるカリフラワー膝にかかへて涙を落す
もう梅雨のにほひがするときみは言ふ午睡の枕に頬当てたまま
卵割りて卵の秘密こはしたりゆふべ淋しき手のおこなひは
すこうしずつ冬の陽はのびゆうこさん、ゆかりさん、ゆりこさんおもほゆ

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07/22/2008

『ありふれた空』十谷あとり



十谷あとり第一歌集。
2003年6月20日北冬舎刊。2,000円。

隙のない文体や修辞が快い。古語の使用や古典をベースにした歌も散見され、丈高く美しい日本と文化に暗い湿りを孕む日本とが表裏一体となって横たわっているよう。軽妙なタッチも巧みで、とくに「あやかし」という連作の後半に置かれた「(銀河天目曜変 七首)」というSFストーリー的な一連は楽しんで読める。歌集全体の底を流れるものは重く、歪な世界も多く描かれるが、ところどころにすっきりと天に抜けるような歌が置かれていて、そういう歌に出逢うたびに根源的なさみしさが極まるように思われた。

花あかりまっさかさまに池の面へ落として白きまぐのりあかな
踏切も堰き止められぬ夕陽をばごごんごごんと轢いてゆくのだ
薄闇の満ちくる座敷扇風機が時折母のように振り向く
あの日僕に置き傘はなく鞄には小口波打つ文庫一冊
父はわれを捨て給いきと気付くとき右眼の中を翔ぶメガニウラ
野の鳥は野に戻るべく飛び離(さか)るその瞬間にわが手を蹴って

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07/01/2008

『Door』江戸雪



江戸雪第三歌集。
2005年11月15日砂子屋書房刊。3,150円。

死産、母の死と、喪失を題材にした歌が並ぶ。ときに「あかるさ」や「しずけさ」の果てへと自失しそうになるところを危うく踏みとどまった感じの歌も多く、死と対照的に浮き彫りにされるその渾身の生のちからが美しい。反対に生命のかがやく夏という季節に濃い影のように貼りつく死の姿も多く詠われていて、作中主体とともに生と死のライン際を行き来するような感覚にも陥った。体当たりの言葉たちに、詠うことによって現実を見つめ受容していった軌跡が見える。その文体は作為を超えて投げ出した肉体が定型の器に出逢って魂へと昇華されてゆく過程そのもののよう。青磁社の吉川宏志の時評で荒井直子『はるじょおん』との比較がなされているので、その点に注目して『はるじょおん』も読み返してみたい。

しずかなる医師のことばを聞いているわれはひかりを産んだのだろうか
われは生き子は死ぬ 朝のしずけさのなかに埃のふわふわ浮かぶ
春の闇つつめるように膨らみて往復葉書ポストのなかに
ほそながいスプーンに掬う豆ひとつあやまちは遠いサイレンのよう
黒蟻はわれの影より這い出してその後しずかなりわれの影
垂れさがる紐がおそろし しずけさを絡みとりつつまっすぐ垂れる

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06/15/2008

『てのひら』坂本樹

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坂本樹歌集。
私家版。

坂本樹くんの歌は以前からよく気にしていて注意深く見るようにしている。ニューウェーブ短歌—ことに正岡豊、穂村弘、荻原裕幸周辺の影響が濃いことが一読して読み取れるのだが、彼らの歌をさらに透明にしたような感じで、潔いまでに一切の背景が取り払われ、思惟や感覚の残滓だけが一行の詩として立っている。彼はピアニストでもあり耳がいいのか歌の調べも心地よく響き、ポエジーの質もオーソドックスで破綻がない。にも関わらず、歌集としてまとめて読んだときに何となく読み応えのない感触が残ってしまうのだ。原因としてまず考えられるのはビジュアルとして立ちあがってくるものがほぼ皆無であるということ。読み進めながらどこかで「絵本的歌集にすれば面白そうだ」と感じてしまうそれはどこかに世界をひろげたり深めたりするための情報を補完できる楔のようなものを求めているからだと思われる。次に単調な文体の連続。短歌として安心して読める構文の、モチーフが単語単位で入れ替わってゆく感じで、しかもそれらは究極的に象徴化されているため語彙が少ない。感情を破れめからやや露出させたような物言いに正岡豊的な感触が見えたり、「さみしさがさみしさに呼びとめられていつかは桃でありますように」の「桃」などに荻原裕幸的な語の置きかたを見たりするのだが、特に彼らほどのフェティッシュな要素もない。これでは書き手として早晩限界が来てしまうのではないかと(人の悪い言いかたをすれば)次の展開へと興味津々になってしまうのだ。上に書いたことは自分にとっても共通する大きな問題なので、なおさらなのだろう。ただし作者自身は当然その問題を自覚したうえで確信犯的に書いているのだろうから、楔を打つのかどうかはわからない。敢えてその道を突き進むのもひとつだと思ったりもする。

くりかえしまぶたをとじて海へ来たことなんか忘れてしまえますよう
まえがみをまきあげる風このままじゃ手紙を書いてしまいそうだよ
ひこうきの雲がときどき見えるからあなたは空とまちがえられて
どれくらいみがけばいいの夕ぐれの窓になりそこなったガラスは
海をみてきただけなのにてのひらに風がこんなにあふれてしまう
かんたんなかたちの椅子を並べてるあなたは海にあこがれたまま

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05/29/2008

『ひとさらい』笹井宏之

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笹井宏之第一歌集。
2008年1月25日BookPark刊。1,200円。

関連サイト
著者 http://sasai.blog27.fc2.com/

関連記事
http://hinatsu.air-nifty.com/sazameki/2008/05/post_fbb9.html
http://hinatsu.air-nifty.com/sazameki/2008/05/post_f3f8.html

意味性よりもイメージ性の際立つ作品群。言葉のちからを美しくあやつる魅力的な歌が並ぶ。この歌人にとってうたうという行為は、不条理な世界を不条理なままに掬いあげいとおしみながら丁寧にさしだす愛の作業=祈り、ということなのかもしれず、またそれによって自分自身も世界に接続しているのかもしれない。だから世界を掬いあげるにあたって辻褄あわせは必要なく、無理して辻褄あわせをしてしまっている歌よりも自意識を解放したままの歌の方が誠実で信頼できるように思える。イメージが回収不能であることへの不全感は拭えないが、一首を読み解くための手がかりになるような一語がさりげなく置かれていたりもするので、受け取る側も丁寧にありたい。

からっぽのうつわ みちているうつわ それから、その途中のうつわ
内臓のひとつが桃であることのかなしみ抱いて一夜を明かす
水田を歩む クリアファイルから散った真冬の譜面を追って
ゆっくりと国旗を脱いだあなたからほどよい夏の香りがします
兄弟の包まれている新聞に海のむかえが来る時間帯
ねむらないただ一本の樹となってあなたのワンピースに実を落とす

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05/28/2008

『語りだすオブジェ』松村由利子



松村由利子第二エッセイ集。
2008年6月1日 本阿弥書店刊。1,700円。

関連サイト
著者 http://soratanka.seesaa.net/

ウェブマガジン「風」で連載していたエッセイ『語りだすオブジェ−いつも、そこに短歌』が書籍化したもの。生活の中の身近なアイテムを切口に現代短歌をピックアップし鑑賞した企画で、松村さんの理知的な読みがそれぞれの歌の世界を心地よく展開してくれる。短歌鑑賞の手引きとしてはもちろん、実作においてもモチーフの使いかたなど参考になるところが大きい一冊となっている。

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04/16/2008

『ねばならず』足立尚彦

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足立尚彦第三歌集。
2008年4月26日喜怒哀楽書房刊。1,000円。

関連サイト
著者 http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/9392/

題詠マラソンを初出としたものも多く、印象深い歌が並んでいた。一度はWEB上で公開された歌集であり初見ではないがやはり一冊のかたちになった方が読んで胸に落ちるものがあった。かねがね言葉の巧みな人だと思っていたが、ちりばめられた言葉遊びやアフォリズム風に描き出される世界観は読むほどにさみしく、単なる技巧としてではなく虚無や孤独との闘いの様相をもって迫ってくる。適度な湿り気を帯びた文体に生じるいい意味での甘さが詩情をくゆらせているように思われた。下に引いた二首目の石鹸の歌などに、突如叫びながらすべてを放り出してしまいたくなる寸前のぎりぎり感のような凄みを感じる。

くるこないくるこな雪の舞う夜は待たず待たれず酔う寒いから
石鹸が使われ小さくなるときはいつもあかりに照らされている
小京都の小のほどよき健気さを保ち続けているのもだるい
台風の進路が徐徐に西にずれ東に安堵する人だらけ
窓よりもぜったい広いはずなのに秋空の青 くくられたあお
傷のない卵をふいに割るようにおまえを抱けばこんなに今日だ

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02/01/2005

『秘密基地』舟橋剛二



舟橋剛二第一歌集。
2005年02月北溟社刊。1,600円。

オーソドックスな文体とシンプルな切り取り方で良質の抒情を織りなしており、作者の思いが伝わりやすく安心して読めた。作中主体像は連作ごとに多彩だが、その価値観はいずれも最大公約数的で屈折がなく、そのことがいい意味での普遍性を獲得している。一方でわかりやすさを選べば削ぎ落とされてゆくものもあって、そこに物足りなさが生じる嫌いも。一首の内部で辻褄があっていることにより読者が楽に想像できる域を超えてはゆかないだろうと思われる歌も多く、世界観においても表現においてもやや類型的な傾向が目についた。こういう文体で普遍的なモチーフを扱う場合、修辞の強度はいっそう求められるだろう。集中にたまに配置されているかんたん短歌風の歌は効果的に思えた。また自由詩と短歌を組み合わせた「浅い夢」という一連、試みは面白いのだが補完が過剰な印象を受ける。自由詩の響きが短歌より強く感じられるのはマイナス要素であろう。いいと思える歌も多いので、詩型の落差が感じられるとよかったように思う。

こんなにも静かな海を流されて難破船とは気づかれぬまま
ひとがみな眠る列車のゆくさきに大きな海があった気がする
父の胃ががんに埋め尽くされしのちわが心にも死が転移せり
かなしみの中心に手の触れしとき炎は風にあおられて爆(は)ず
降る雪につつまれながら夜も更けてきみのやさしい一画の「ゆ」
群れて飛ぶ蝶が胸からまたあふれ何度も僕を殺すのは誰

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『かなしーおもちゃ 〜あるある短歌1〜』枡野浩一



枡野浩一著。
2005年02月インフォバーン刊。1,260円。

関連サイト
著者 http://masuno.de/kinkyou/
かんたん短歌blog http://masuno-tanka.cocolog-nifty.com/

金色のカバーにもカバーをはずしたところにも作り手の神経が行き届いていて、一冊のどこをとっても隙のない仕上がりになっている本。内容は@niftyの「かんたん短歌blog」で募集した題詠のアンソロジーなのだが、右頁に一首、左頁にはそれに対するツッコミが掲載された構成である。短歌作品はあくまでシンプルに見せつつデザイン性豊かなツッコミが作品の解釈をフォローしてゆく仕掛けになっていて、このツッコミのつき具合が絶妙。あるいは詞書と呼んでもいいのかもしれない。収録されている作品はここ数年の批評の場において「つぶやきに過ぎない」と批判されてきたような作風のものばかりだが、ここではっきりしておきたいのは、これらは題詠の場に出された詠草であり、枡野浩一に選ばれることを目指しつつ書かれた作品群だということである。本そのものを含め、ここには読者を視野に入れた作り手の意識が結集している。従来の短歌の世界に欠落していたりタブー視されがちだったりしていた要素の是非について、あらためて考える機会を与えられたような気がする。

もういない妻とのチャンネル争いを思い出さずに観る巨人戦(佐々木あらら)
庭先でゆっくり死んでゆくシロがちょっと笑った夏休みです(佐々木あらら)
魚肉から膜が剥がれる感触でその日笑いが止まらなかった(柴田有理)
最後には縮んでいって終わるのに悲しむために伸びるんですか?(かみやひろし)
一人きりだからといって僕の骨そんなにかきまぜないでください(辻一郎)
午前5時恋と一緒に葬って わたしたちもう生まれたくない(英田柚有子)

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01/05/2005

『箱船』佐藤理江

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佐藤理江第二歌集。
2005年5月ながらみ書房刊。1,905円。

関連サイト
著者 http://www1.u-netsurf.ne.jp/%7Eokiraku/

決して器用とは言えない文体で、理不尽なものや自分を浸食するものへの怒りを訴えかけてくる。その等身大の叫びは歌としては時に生っぽく、作中主体の行為に主題を暗示させる手法をとった中にもベタすぎる印象のものが見受けられたが、技巧的なことは別として、いまの時代にひとつの価値観を提示し社会詠の可能性を確かめようとする姿勢は評価したい。ただ定点は定まっているように見えるものの、イラク戦争や日の丸・君が代問題を詠った一連に関しては、その問題の自己への引き寄せ方が足りないように思えた。むしろ他の章で斬新な切口の歌に出逢うと、作者にとってモチベーションとなりうるものはもうすこし別の深いところにあるのではないか、それは倫理観とか平和祈念といったものよりもさらに切実に、肉体や本能に近い部分にずっと前から萌しているのではないか、と感じる。たとえば以下に引いた歌に立ちこめる美しきものへの嫉妬と憎悪、美しくないものへの蔑如と嫌悪といったものたちは、表現としても張りつめていて、それ自体が美しく見えるのである。

歌といふ呪詛の言葉が片づかぬうちに子どもが食卓に着く
ざつくりとしかし白くて滑らかな匙の断面チーズケーキの
曲線のつやめく椅子の妬ましく目立たぬ角に立てられし爪
型落ちのリュック背に負ふ集団が夜行列車をさやさやと待つ
憎しみの兆す夕暮れ子を持たぬ者増えゆきて世を運びゆく
席を立つ人の多くは配られしペットボトルを上からつかむ

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12/12/2004

『冷えゆく耳』後藤由紀恵

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後藤由紀恵第一歌集。
2004年12月ながらみ書房刊。2,600円。

どの章においても歌と歌とが有機的につながっており散文的背景も見えやすく主題に迫る道筋が十分に示されている。大きな要素を成すのは祖母、母、女友達らとの関わりのなかで見るジェンダーの問題のようで、とくに繰り返し登場する「母となる友」というモチーフに対しては歪みを歪ませたまま無理に解釈しないかたちでおくところに好感が持てた。タイトルにもある「耳」という性的役割を担わない器官で世界とつながっている体感は同種の問題を抱える読者にとっては切実でリアルなものだろう。痴呆の祖母へのジレンマ、老いや死についての感慨もすべてジェンダーの問題に収斂されてゆく。392首はやや多いかと思われるボリュームなので、軽く表層をなぞる程度に終わった戦争や国家についての連作は一冊から外してもよかったように思う。普遍性がありかつ重い主題だが、やや類型的な思考回路に落ち着いた歌があったり早い段階で結論づけた物足りなさを感じる歌もあった。そのなかで独自性の感じられる以下の歌に惹かれた。

海を産んだような顔をして祖母は眠る 春の真昼を晩年として
だんだんと眉のカーブのあわくなり妻となる日をわれに語りぬ
子は母のための桃の実ねむるたび死に近づきて熟してゆけり
甲虫のようにはゆかぬ生なればやさしき色のコート購う
欲しがらぬ子供だったとわれを語る母の吐きだすうすばかげろう
階段をななめにくだるゆうぐれの光しずかにわれをひきよす

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08/20/2004

『無言歌』河野美砂子



河野美砂子第一歌集。
2004年6月砂子屋書房刊。3,150円。

関連サイト
著者 http://music.geocities.jp/misakn95/tanka.html

作者はピアノ奏者。ピアノの鍵盤に指をのせてゆくときのような繊細さで世界に向かっている。季節や時刻の空気のうつりかわりを見るときが特に美しい。肉体が世界に出逢った瞬間の結露のような歌、いまにも彼岸に滑り出しそうで踏みとどまっている感じの歌に惹かれた。

こめかみを落としさうになる夕刻の透きとほるまで胡瓜を揉めり
棺(ひつぎ)から木の匂ひせりなきがらに満たされてこの明るむ器
ゆくりなく鳴らす楽器に指先のわがさぐりあつ死者のその音
雪のふる冥(くら)さとちがふ 倍音を聞きとるときの眼とおもへり
胸もとの白をあふるる冬鳥の添ふとき水がわたしを砕く
遠浅をなす睡りにて難破船しづかに波を引きよせてゐつ

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08/15/2004

『アンダーグラウンド』菊池裕

菊池裕第一歌集。
2004年8月ながらみ書房刊。2,381円。

現代社会を神的視点から俯瞰し異化しながらその不安定さや危うさを描き出している。崩壊の予兆へ向けられたかすかな破壊の欲望と踏みとどまる理性とのはざまで揺れ動く様はつややかに黒く美しい。

防犯用監視カメラの結露にもあなたが映り滴り落ちぬ
車中では俯きながら親指をぴくぴくさせて交信をせり
子をなさぬつがいの棲まう新築のマンション林立する中空に
静寂の沁み有耶無耶にけだるくてメトロの車中にうつる眼球
荒涼と聳ゆるビルの断崖にあなたが咲いて死を孕みおり
絵空事はかなけれどもまだ醒めぬきみの頭蓋を二の腕にのす

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07/15/2004

『空を映して』江村 彩



江村 彩第一歌集。
2004年7月本阿弥書店刊。2,300円。

すこやかな感性で日常にそって編まれた歌集。細かく章に分けられ情景もしっかりと描かれているのでテーマやモチーフはとてもわかりやすいのだが、むしろそのためにテーマへ迫る深度はやや物足りなくなってしまったかもしれない。つまりいい歌は多いのに「これだ」という強い歌が残りにくかった。フランスでの生活を詠んだ歌などはスケッチブックやポストカードを眺めるような楽しさがあった。

絵姿のマンションどれも青空の下にあかるい内部を晒す
おんならの素足の自由からからとペットボトルを蹴っ飛ばし、ゆく
パラシュートにてゆっくりと一対の義足は雪のしずけさで降る
少女らは群れなして来るてのひらを天に向かってかるくくぼめて
手さぐりで掴んでいたのは向日葵のまっすぐな茎 あなたでなくて
真昼間のかんなの群にふり返るこの夏は立ち止まってばかり

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06/04/2004

『すばらしい日々』本田瑞穂

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本田瑞穂第一歌集。
2004年6月4日邑書林刊。1,905円。

関連サイト
著者 http://singasong.sunnyday.jp/

やさしい指のあとが見えるような歌の数々は実に丁寧に詠まれた印象を与える。果てしない暗闇からひかりのほうへ歩もうとするきもちと、失われてしまったものやこれから失われてゆくだろうものへの祈りに支えられているので、たくさんついた附箋のなかから歌をしぼりこんでゆくと、たましいの上澄みのようなものが残る。歌集タイトルとなった「すばらしい日々を半音ずつ上がり下がりしながらやがて忘れる」は、そのわずかな抑揚でうねるしらべの美しさとすべてが無音にかえってゆくような結句が見事だ。

晴れの日も自分の好きな色ひとつうしなっているこのごろの母
鳩の足赤いまばらな人影のなかをひたひたひたひたあかい
なつなつと両手をかざすこの夏はただそれだけでありますように
ゆっくりと歩いた春の一日のこと持ちかえた左手に湧く
ひんやりと朝の空気に踏み出してこの晴天のなかのさよなら
すばらしい日々を半音ずつ上がり下がりしながらやがて忘れる
ぬけおちたまんなか抱えながら聴くあなたの生でやさしい声を

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04/15/2004

『晴れのち神様』田丸まひる

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田丸まひる第一歌集。
2004年4月15日BookPark刊。1,050円。

関連サイト
著者 http://replicaprince.easter.ne.jp/

刊行当時二十一歳の作者の、およそ等身大と思われる作中主体の会話体が並ぶ。章に分かれてもいず背景も明らかにされていないが、持ち前の感性を全開にしたかのような手応えが読者にリアリティを運ぶのかと思われる。ひとつひとつの言葉に勢いがあるのだが決して勢いだけでなくやや無意識のうちにもしっかりと選ばれてそこにある感じとか、ひりひりと痛い感じとか、すべてが気持ちよく自己愛に収斂されてゆく感じとかいったものなどからひとりの少女像が顕ち上がってきて、その少女が一冊のなかで恋をしたり泣いたり時には無気力になったりと元気に跳ね回るのである。「痛いほど愛してくれてありがとうありがとうだけ持って逃げるね」と、ありがとうと言いつつも奪おうとする(あるいは与えようとしない)ことの多かった少女時代の最後に置かれた歌が「ちゃんと笑えなくてごめんねこんな変な顔しかできないけどありがとう」。こうして一冊が締めくくられたとき、一冊の主人公である少女の脱ぎ捨てたきらきらとしたものがそこらじゅうに散らばってゆくように感じられるのである。

駅までのラストスパート三分で殺し文句をくれなきゃ帰る
二人だとよけい寂しい「この花火、落ちたら帰る!」寂しいんです
夕暮れにカルピスソーダの匂いしていつだって二人だよという嘘
君がくれる挫折はいつも六月の運動場の砂の味がする
いつもなら優しい君がずるくなる 私そんなに意地悪ですか
あの人のがらんどうに首突っ込んで舐めたらきっと苦いんだろう

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